無敵戦隊シャイニンジャー

 目の前が、暗闇に包まれていた。塗りつぶされたような一面の黒。
 薄い曇り空だったはずである。左右を見れば同じくうろたえた地球連合のパイロットと目があった。
「これは…一体…!」
 芹沢が目を疑う。その耳に、ひどいノイズに挟まれた通信が入ってきた。

 闇は半球の形で北極を覆っていた。
 中心はかすかに竜巻のような風を起こしている。ギンザの髪とマントが、風に沿ってなびいた。
『む』
 剣を振り下ろす瞬間、その場に割って入った人影に眉をしかめる。ギンザの大剣を受け止めているのは、間違いなくシャイニングソードだった。
『貴様は…!』
 ギンザの瞳に怒りが宿る。シャイニングスーツを身に纏ったブラックがにやりと微笑んだ。
「よ、また会ったな」
 ギンザが力を込める。刃先から伝わる重力に、ブラックの足が氷にめり込んだ。巻き起こる風、それすらもギンザの力になっているような錯覚に陥る。
「ぐ…」
 力では敵わないか、とブラックはあきらめかけた。だが、ギンザが剣を振り下ろせば、残りの機体が全滅するのは目に見えている。ここで退くわけにはいかなかった。
 足に力を入れる。
 歯を食いしばる。
 ぎちぎちと自分の筋肉がいびつな悲鳴を立てた。
 持たない。
「っきしょう…!」
 歯の隙間から呻く声が、芹沢の機体に届いていた。
「その声、貴様、まさか…!」
 芹沢は驚いた。シャイニンジャー秘密基地で会ったことがある、ブラックのスーツの適合者。ふざけた輩だと歯牙にもかけなかったあの坊主。それがこの暗闇の先にいるというのか。
「あー、お前か。なんだっけ、確か、芹沢?」
 ブラックは呟いた。余裕そうな声を出すにも苦労する。一瞬でも気を抜けば、この身ごと裂かれそうな気迫をギンザから感じる。プレッシャーだけで死ねそうだ、とブラックは不敵に微笑んだ。
「ちょうどよかった。誰に言おうかと思ってたんだけどよ、お前ら、とりあえず」
 言いながらブラックは少しだけ足をずらした。
「退けよ」
「馬鹿な!」
 芹沢が叫ぶ。
「我々にこのままおめおめと引き下がれというのか?同胞は皆死んだのだ!我々が一矢も報いずに退けるものか!だいたい…」
「あー…」
 長引きそうな芹沢の抗議を、ブラックの間延びした声が遮った。
「悪ぃ、こっちわりと余裕ねーんだわ」
 だから言いたいことだけ言わせてもらうわ、とブラックが前置いた。
「生きろ!」
 言うと同時にブラックが足に力を込める。そのまま、身を前に倒すようにシャイニングソードに重心を預ける。
『なに!?』
 体重をかけた推進に、ギンザがわずかに退いた。
 このまま、一気にいく…!
 足の筋肉がひとつ、またひとつと裂けていくのを感じる。ブラックは勝負をかけていた。
 今、ここで引いたら、二度と立ち上がれなくなる…!
「生きろ、だと」
 機体の中で芹沢は呻いた。
 真摯さの滲む、心に響くような声だった。
 だが、本部からの撤退命令は無い。軍人として、ここで引くわけには行かなかった。
「芹沢ァ!」
 焦れたようにブラックが叫ぶ。目くらましの闇を張るのも、もう限界が近かった。
「…う」
 気圧されたように芹沢は声を漏らした。前線の指揮官はすでに死んでいる。自分ごときに何ができるというのか。
 芹沢が葛藤している間、痛みに耐えるブラックの預かり知らぬところで、それは確実に起きていた。シャイニングスーツが徐々に肉体に溶け込んでいる。肉の内部に浸透したスーツは、千切れた筋肉と神経繊維を繋ぎ、補修していた。そのまま、体の一部へと変貌する。それは、人ならぬものの力を有していた。
 ――曰く、ネオロイザーの。
 ブラックが足先に力を込める。力のかかり方、その違いと桁外れな威力にブラックは気付かなかった。
『これは…!』
 対峙したギンザがブラックの変化に目を見張る。

 シャイニンジャー秘密基地で事の成り行きを見ていた野村長官は、静かに席を立った。
「時田君、無線を。全線に繋いでくれ」
「は、はい」
 ナナが慌てて無線を手渡す。長官は静かに告げた。
「シャイニンジャー秘密基地長官野村より、全地球連合メンバーに告ぐ。これより事態をEクラス緊急時と判断し、コードDを発動する。シャイニンジャー秘密基地は地球連合より独立。全ての権限を帰属させる」
 モニターを見ながら告げる長官の声はあくまで穏やかだった。
「前線に控える航空隊・海軍は撤退せよ。総撤退だ」
 後はシャイニンジャーに任せろ、という声は、ブラックの耳にも届いていた。
「は、責任重大だ」
 くく、と笑みを漏らす。そのまま勢いに乗って、ブラックはギンザの剣を振り払った。衝撃で竜巻が巻き起こり、風が闇を吹き飛ばしていく。広く澄み渡った青空の中に、すでに航空隊の機影はなかった。
 よろめいたギンザが身を起こす。
 彼はすぐに剣を構えようとはせずに、怪訝そうにブラックを見ていた。
 ついこの間、だ。まるで花を手折るような優しい力に敗北を喫した相手とは別人のようだ。
 ギンザは静かに居住まいを正した。
『…名乗れ』
「ん?」
 足をさすっていたブラックが顔を上げる。
『我等の星では、それが流儀だ』
 戦士は戦いの前に名乗るのだと言われたブラックは、通りで今までネオロイザーが名乗ったわけだと妙に納得した。
「んじゃ、お言葉に甘えて」
 言ったブラックが鼻先をこする。
「シャイニングブラック!龍堂悔!」
 大声で自分の名前を叫ぶ。意外に気持ちいいものだな、とブラックは思っていた。

「ブラックさん…」
 ナナはモニターを見ながら、そっと手を握り締めた。中に、ブラックの数珠が入っている。出掛けにブラックが残したものだった。
 見送りに出たはいいが、しどろもどろするナナに、「じゃあこれ書いといてよ」と投げ渡されたのは、いつかブラックが怪我をした時に見た、ナナの名前が入っている数珠だった。
「どうか無事に帰ってきてください…!」
 ようやくナナがそれだけ言うと、すでに歩き始めていたブラックは足を止めた。意外そうな顔で振り返って、それからとても嬉しそうに笑ったのだ。
 おう、と言って。
「最後まで一緒です」
 ナナが呟く。数珠がわずかにぬくもりを宿していた。
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