無敵戦隊シャイニンジャー

Mission29: 「心に炎を持つ者〜RED〜」

 シャイニンジャー秘密基地では絶え間なく無線や通信が飛び交っていた。
 先ほどの長官の宣言に、地球連合の幹部が噛み付いてくる。議会の承認のないコード発動など認められないとヒステリックに叫ぶ声は、長官の胃をぎりぎりと締め付けた。
「構わん。通信を切れ」
 努めて平静を装い、オペレーターに指示を出す。
「は、はい」
 ナナがうろたえながらも返事をする。指を滑らせキーボードを叩く姿が、ピアノを弾いているようだ。その様子を見ながら、ステファンがそっと長官の隣に近づいた。目の前で薬の小瓶を振ってみせる。
「薬、いる?」
「いらん」
 目一杯のやせ我慢をして長官は断った。
「だが、傍に居てくれ」
「御意」
 悪戯っけを含ませてステファンが笑った。その顔がどこか余裕そうでもある。モニターの中、ギンザと戦うブラックの姿を見ながら、ステファンは告げた。
「あの子らが敵わなかったら、どうしましょうね」
「滅ぶだけさ」
 長官もブラックの背を見ながら答えた。
「ワシに出来るのは、あいつらが自由に動けるようにすることだけだ」
 ステファンが小首を傾げて長官を見やる。その額にうっすら汗が滲んでいるのを見て、ステファンは目を細めた。


 力と力のぶつかり合いに、氷の大地が悲鳴を上げていた。
 ギンザとブラック、合わせた刃の先に力を込めるたびに、氷に亀裂が入っていく。大気まで振動しているようだ。
「おおおお」
 ブラックが渾身の力を込めてシャイニングソードを振り抜く。
 溶け始めた氷に足を滑らせたギンザはバランスを崩し、吹き飛んだ。ネオロイザー達の船の壁を破り激突する。
「やったか…!?」
 ブラックは目をこらした。土埃が舞って、よく見えない。
 ただ、土気色をした壁がわずかに動いた気がした。
 大破した壁の瓦礫の中、ギンザが立ち上がる。
『…見事だ』
 口の端をわずかに切ったらしい。滴った血を拭いながらギンザは告げた。
『だが、これまでだ』
「あら〜」
 ブラックが笑う。やはりダメかと嘆きながら。
 腕も足も尋常の痛みではない。それでも動けるのはなぜか、あまり考えたくない気がした。
 腕の繊維がひとつ裂ける度、足の筋肉が途切れる度、ブラックの体にスーツが浸透していた。肉の内に入り、途切れた神経や筋肉を補修する。シャイニングスーツが自分を支えているのだと、ブラックはもうわかっていた。
「山月記だっけか」
 獣と化し戻れなくなった男の話をブラックは思い出していた。
 自分も、そうなるかも知れない。
 スーツが体に浸透する、その先はどうなるのか、まるでわからなかった。
 体に違うものが入ってくる。それがわかる。けれど不快ではない。
 まるでスーツに乗っ取られていくような感覚に、ブラックは皮肉な笑みを宿した。
 なぜか思い出したのは、オペレーターの時田ナナの姿だった。
 渡した数珠、取りに行けないかもしれないな。
 手ぐらい握っておけば良かった。
 ――でも。
 ブラックが顔を上げる。
「そのまま乗り込ませてもらうぜ!」
 勢いよく氷の大地を蹴る。飛び込むようにギンザの懐に斬りつける。その刃を、ギンザが大剣をかざし遮った。衝撃波が風となり、氷の粒が辺りに舞う。

 嗚呼、でも良かった。

 この力があれば、俺は君を守れる。

「ブラックさん…?」
 ナナは耳にしていたヘッドホンに手をやった。入り乱れる通信の中、ブラックの声を聴いた気がしたのだ。
 デスクに置いていた数珠に目をやる。
『ナナちゃん』と書かれたブラックの文字が、呼びかけてくるような気がした。


 芹沢の戦闘機に乗っていたレッドは、ネオロイザーの本拠地から爆音と共に土煙が起きるのを見た。
「ブラック!?」
 横切った黒い影に思わず声を上げる。
「まだ戦っていたのか!?」
 芹沢が感嘆する。何時間経っているとも知れない。常人ならば、とうに体力が尽きているはずだ。
 メカニック達の制止を振り切り、管制官の停止命令を無視して、ここまで来てしまった。芹沢は深く息を吐いた。
 どうにでもなれ、と自棄になる。
 だが、どこか吹っ切れた気がするのもまた事実だった。
「ここでいいだろう」
 ネオロイザーの本拠地から500メートルほど離れた場所に、芹沢は機体を降ろした。ブラック達の戦闘の影響で、氷には細かなひびが無数に入っていた。
「本当に行くのか?」
「うん」
 答えたレッドはベルトと安全装置を外し、扉を開けた。肺さえ凍るような北極の空気が機内に入り込む。
「芹沢さんはすぐに離れて。危ないから」
 言いながらレッドが飛び降りる。言われる間でもないと、扉を閉めた芹沢は機体を上昇させた。レッドが仰ぐように機体を見る。その口が動くのを、芹沢は見た。
 声が届かなくてもわかる。
 ありがとう、と言ったのだ。
 果たして自分は、正しいことをしたのだろうか。芹沢の胸に疑問がよぎった。
 なんの力もない無力な少年を、ここに置き去りにしたのではないか?
 芹沢の葛藤をよそに、レッドは歩き始めていた。
 ネオロイザーの本拠地を真っ直ぐに目指して。

 その振動に初めて気付いたのは、美沙だった。
 シャイニンジャー秘密基地のメインモニターその前に並べられているレッドとブルーのブレス。
 そのレッドのブレスが小刻みに揺れている。
「…レッドさん…?」
 美沙が不安げに名を呼んだ。それに答えるように、ブレスはさらに大きく振動していた。

「来い」
 北極にいるレッドは呟いていた。
 氷点下の冷気が、なぜだろう、寒くは無い。この身も心も、熱く燃えるようだとレッドは思った。
 右目を覆う包帯が邪魔だと脱ぎ捨てる。ひどく熱かった。
 右手を伸ばし、歩きながら、再びレッドは呟いた。
「来い…!」
 一人一着のスーツ。それに選ばれたのだと宮田主任は言った。
 疑ったことなど無い。
 恐れたことも無い。
 
 今、この瞬間も。
 
 この声は間違いなく届いているのだと、レッドは知っていた。
「来い!!」
 レッドが叫ぶ。
 同時にシャイニンジャー秘密基地にあったブレスは、赤い光となって北極に飛び立っていた。

 彼は、心に炎を飼っていた。
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