無敵戦隊シャイニンジャー

Mission30: 「最後の光」

 青く柔らかな光の中で、宮田は海を見たような気がした。さざめく波の音にあわせて、失くしていた記憶が浮かんでは消える。
 いつも無茶をする宮田をたしなめる、兄の姿。
 己の信念を曲げない宮田に、いつでも助言し、静かに庇ってくれた。
 あの瞳を、どうして忘れていたのだろう。
 腕を引かれる。背を押される。
 とん、と床に足がついた瞬間、部屋に満ちていた青の光は収束していた。宮田の後ろ、光の檻を己の体で途切れさせているブルーに。
「あんた…!」
 宮田が振り返る。宮田の無事を確かめたブルーは、思い切り身を引いた。ブルーの体で途切れていた光の檻が、再び元に戻っていく。結合時には、大きな音が響いた。
「これは…一体…」
 ブルーが愕然とシャイニングスーツに包まれた己の手を見た。ブレスは置いてきたはずだ。キーワードすら叫んでいない。
「スーツが助けてくれたんやな」
 ほっと宮田が息を漏らす。その瞬間、宮田はブルーの肩越しに黒武者の姿を認めた。弾き飛ばされたのか、部屋の片隅に倒れている。その顔からは、生気が消えようとしていた。
「兄ぃ!」
 駆け寄るとその全身が焼け爛れているのがわかる。鎧は砕け、焦げた金属の匂いが辺りに立ち込めていた。宮田が体を揺さぶると、黒武者はゆっくりと瞼を上げた。その黒い瞳が優しげに宮田を映す。宮田が無事なのを見て、黒武者の口元がわずかに微笑んだ。
『相変わらず、無茶をする…』
 宮田が檻に身を投げた瞬間、黒武者は宮田を挟んで、ブルーの反対側から檻に飛び込んでいた。鎧が砕けるのを感じながらも、宮田の背を押す。部屋中に満ちた青の光が、刹那自分すらもかばった気がしたが、どうやら錯覚だったようだ。体が悲鳴を上げている。
 早く、砂になりたいと。
「あかん…」
 宮田の瞳が潤むのを見て、黒武者は自分が長くないことを知った。
『兄はもうお前の傍にはおらぬ。行動は慎むことだ』
 宮田の頬に、黒武者が手を伸ばした。
『お前に言っても無駄だろうがな…』
 そう言って、宮田の肩越しにブルーを見る。ブルーは黒武者から目をそらさなかった。兄だと告げた黒武者の言葉に、おそらく動揺しているはずなのにその気配を微塵も見せない。
 鱗の呪いを受けた宮田を戻せと、ここまで乗り込んできた男。
 あの瞬間、とまどうと同時に嬉しかったのはなぜだろう。
『シャイニンジャー…』
「ブルーです。シャイニング・ブルー、斉藤貢」
 ブルーが名乗る。淡々とした、しかし真摯な答え方だった。
 黒武者の目が遠くを見る。
『あれは心を摘む。妹が私を忘れたように、私が何かを失くしたように。心せよ』
「わかりました」
 答えたブルーが目礼する。満足そうに答えた黒武者は、瞼を閉じ、砂と化した。
「兄ぃ!」
 手から零れる砂を抱きしめながら、宮田が叫ぶ。本当はもっと悲しいはずなのに、失った記憶が嘆くことすら許さない。宮田は手のひらを恐々と開いた。
 黒武者の名残の砂が、北極の風にさらりと流れた。

 剣を支えに、ギンザは立ち上がった。
 ブラックが再びシャイニングソードを構える。互いの荒い呼吸が、毛羽立った室内の空気をさらに殺伐とさせた。
 息を吸い込む。腕に、手に力を入れ、足を踏み込ませようとした瞬間、二人の間に人影が飛び出した。
『お待ちください!』
 花の香りがした。ふわり、と真っ白なスカートが弧を描く。ゆるいウェーブをかけた長い髪が、少女の白い肌によく似合っていた。
「な!?」
 ブラックがどうにか踏みとどまる。ギンザは信じられないという顔で、その後姿を見ていた。
『リンゼ様…!』
『どうか、剣をお納めください。ギンザに咎はありません。斬るのなら、私を』
 自分を振り向こうともせずに膝をつくリンゼを見て、ギンザは驚嘆した。主が、あろうことか敵に頭を垂れているのである。
『リンゼ様、何を…』
『下がりなさい、ギンザ』
 毅然と告げる声に、ギンザが怯む。その声音が夢ではないかと疑った。あれほど無表情で虚ろだったリンゼが、目の前で動いているのだ。
「あー…」
 間延びした声が二人の緊張感を断ち切る。リンゼが顔を上げると、ブラックは面倒そうに頬を掻いていた。
「全然話が見えないんだけど、ま、もういいや。俺もへろへろ」
 言うが早いかどかりと座り込む。張っていた気がぷつりと途絶えてしまった。まして、飛び込んできたのが少女ともなれば、剣を向けるわけにもいくまい。可可、と笑ったブラックは、リンゼと視線を合わせ、言った。
「なんか話があるんなら、聞くぜ?」
 目を丸くしていたリンゼが、にこりと微笑む。崩れきった部屋の中で、一輪の花が咲いたような可憐な笑みだった。

 戦闘兵と戦っていたレッドは、それが姿を現したのに気付いた。
 ゆっくりと、しかし確実に、その姿が見える。船の入り口付近、現れた姿は、船長のような制服を着ていた。老人の体を模したその姿、瞳が暗く濁り、皮膚の色がくすんでいる。背中がぼこぼこと波立ち、定まらない己の姿をどうにか成そうと苦戦しているようにも見えた。
「ネオロイザー!」
 レッドの叫びに呼応するかのように、黄土色の粘土のような触手がその体から四方に飛び散った。レッドの周りにいた戦闘兵を包み、砕く。
『あ、あ』
 割れた声だった。うまく体が動かせないのか、歩く度にバランスを崩す。サイズの合わない靴を履いているかのように、不安定で頼りない歩みだった。
『て、き。倒す』
 ごぼごぼと濁る音を混ぜながら、ネオロイザーは告げた。レッドが眉を寄せる。
 なにか――、そう、なにかが心に囁いた。
『お、かしい』
 レッドの心を写し取るように、それは告げた。
 これはまるで…
『オレ、の、ココロ、だ』
 ごぼり。
 濁った音と共に、告げられた言葉。レッドの心情。驚きに目を見開くレッドの前で、それはにやりと微笑んだ。
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