無敵戦隊シャイニンジャー

『私達が旅をしていた、そこにあれが現れたのです』
 リンゼの言葉はギンザにとって、どこか遠い国の音楽のように聞こえた。知っていたはずの声音、長く聞かなかったせいか、ひどく新鮮に思える。大破したネオロイザー達の本拠地の一室、適当な瓦礫に腰掛けたブラックは、黙ってリンゼの話を聞いていた。
「あれ?」
『私達の船を覆っていた、黄土色の』
 名前などきっとないのです、とリンゼは言った。
『ココロを操る者。無意識に、滑り込み、人の意識を糧とする』
 あれが入り込んで、皆何かを失ってしまった、とリンゼは嘆いた。母星消滅の瞬間、誰もの心に生じた隙間、そこにあれが入り込んだのだと。
「それは興味深い話ですね」
 ふいにかけられた言葉に、三人が声のした方向を見やる。
「ブルー!」
 ブラックが腰を浮かせた。
「お久しぶりです」
 変身を解かぬまま、ブルーが告げる。ブラックがマスク越しにも安堵のため息をついたのが伝わった。
『貴様…』
 ギンザがリンゼの後ろに控えたまま、ブルーとその隣にいる宮田を睨んだ。リンゼがわずかにギンザを振り返り、動かぬよう釘を刺す。
『黒武者は…どうした』
「死んだわ」
 宮田が答えた。ほんのりと目が赤い。その様子を見たリンゼが、目を伏せた。
『あなたは…そう』
 おつらかったでしょうね、と告げられた宮田が、怪訝な顔をする。リンゼは構わず説明を続けた。
『無意識の集合体、というのが最も近いのかもしれません。あれは、そういう生き物でした。けれど、通常の精神状態ならば人を操作など出来ません。本来なら一人では生きていけないほどに、生物として脆弱なものです。けれど、全てのタイミングが悪かったのでしょうね。あれが私達の船を通り過ぎる瞬間、私達の心に空白が生まれていた』
 私は、とリンゼは白いスカートの裾を握り締めた。
『心を読む能力を持つ私にはそれがわかっていたのに、何も出来ませんでした。出来たのは、心を閉じて己が精神体を守ることだけ。いつか、誰かに救いを求めるために』
「いつか、誰か?随分と不利な賭けですね。誰も現れなければ、どうするつもりだったんです?」
 ブルーが言う。リンゼはにこりと微笑んだ。
『何年でも待てました。私には、確信がありましたから。』
 私が、リンゼは続けた。
『私がどんな状態になっても、ギンザは必ず私を守り通してくれると』
『リンゼ様…!』
 ギンザは驚いた。毅然と背を向けていたリンゼが振り返る。ご苦労でしたね、と言うその声は、かつてギンザが傅いた主そのものだった。
『は…!』
 頭を垂れるギンザを見たブラックが、ぼりぼりと頬を掻く。
「で、今、それってのはどこに…?」
『それは…』
 リンゼが言い淀む。答えの代わりに、辺りに高い悲鳴が響き渡った。

 それは「キ」とも「ギ」ともつかぬ音だった。ただ、ひたすらに高く伸び、苦痛を現している。
 目の前で悲鳴を上げるそれを見て、レッドはただ驚いていた。
 レッドの心を読んだそれが目の前でにやりと笑った瞬間、思い出がレッドの中に弾けていた。こんな時になぜ、と思う間もなく、次々と思い出す。誰かが脳の中のアルバムを引っくり返している。そんな気にさえなった。
 好きにすればいい、と思った途端、それは悲鳴を上げたのだ。心に潜む炎、その先端に指先が触れたのだと、レッドが知る由もない。
「レッド!」
 ネオロイザーの本拠地の中から、ブラックとブルーが姿を現した。宮田主任と少女、ギンザの姿も見える。
「ブラック!ブルー!無事で!?」
「あなたこそ」
 ブルーがレッドを覗き込む。自分が刻んだであろう傷は、ゴーグルに阻まれ見えなかった。唇を噛み締めるブルーの手を、レッドが掴む。
「よかった。迎えに来たんだ。皆で帰ろう?」
 その手が暖かい、とブルーは思った。マスクの中のレッドの顔が微笑んでいるのが伝わる。
「…ええ」
 答えは自然、ブルーの唇からすべり出ていた。
「で?こちらさんはどうしたんだ?」
 ブラックが唖然として船長を見る。元、船長の体をしていたそれは、今は申し訳程度に制服を纏っているだけで、到底人の形を成してはいなかった。ぼこぼこと体が脈打ち、弾けては戻る。痙攣をしているようにも見えた。
「わかんない。なんか、いきなりこういう風になって…」
 レッドが慌てて首を振る。
「あれは…」
 宮田が顔色を変えた。かつて、共に働いた仲間。知性を愛し、老人の姿をしていた船長の名残だとわかったのだ。
 ごぼり、とえづきながら、それが再び形を成そうとする。
「あかん、元に戻る…!」
「え」
 宮田の叫びにブラックが振り向く。その間に、ブルーのシャイニングソードが煌いた。船長の体が、音も無く二つに分かれる。まるで手ごたえのない感触に、ブルーが眉を顰める。
 ブルーに斬られたそれは、しばらく斬られた形のまま、空中に留まっていた。それから、やはり高い悲鳴を上げて、まるで吸い込まれるかのように、ネオロイザーの本拠地の中に飛んでいく。
「なんだ!?」 余りのスピードにブラックが驚いた。
「どこに行った!?」 レッドが左右を見渡す。そのどこにも、あれの影はなかった。
 成り行きを見守るギンザの前で、リンゼは宮田に視線をやった。
『あなたは、無意識の識者なのですね』
「え?」
『あれが、なにか知っている。だから被害を最小限に食い止めることができた』
 言いながら、リンゼは歩き始めた。氷の上を、軽やかに影が滑る。
『そして』
 リンゼは足を止めた。レッドの目の前で。うやうやしく、礼を取る。
『お待ちしておりました。私の太陽』
「――え?」
 目の前で頭を垂れる少女に、レッドは目を白黒させていた。
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