無敵戦隊シャイニンジャー

『あなたの心が、私を救ってくれました。ありがとうございます』
 深々と頭を下げる少女に、レッドは慌てた。
「え、なに?」
 事情の説明を求めるように、ブラックとブルーを見る。ギンザは思い出していた。
 以前、ネオロイザーに名前を奪わせた時、変身するレッドの光を見たリンゼが呟いたこと。
『この人…あたたかい…』
 ブルーは思い出していた。地球に降り立ち、間もなくリンゼが動いたこと。ブルーの代わりに涙を流していたこと。
「レッドの心が、あなたを救った?」
 はい、とリンゼは答えた。
『息が出来るように、動けるように。彼に近づく度に、あれが遠ざかるのを感じました。だから、私は今こうして動けるのです』
 どう言えばうまく伝わるのかわかりませんが、とリンゼは付け足した。ブラックが首を捻る。
「なんとなくわかるぜ。なんとなく、だけど」
「で、あれはどこ行ったん」
 宮田が辺りを見回す。ギンザが本拠地の奥を睨みながら告げた。
『メインブリッジだ』
 あの、壁に生えた無表情な顔に吸収されたに違いない。ギンザは確信していた。今まであれの言うがままだったのは、あれがリンゼを治せると言ったからだ。なんのことはない、自分は騙されていたのだ。
 許さぬ…!
 ギンザは怒りが沸きあがるのを感じた。切り捨てて、なお足りないだろう。
 怒りに駆られたまま、ギンザは駆け出していた。
『ギンザ!いけません!』
 リンゼの声にも振り返らず、ギンザはメインブリッジを目指していた。
「あら〜、元気なこって」
 ブラックが間延びした声でギンザを見送る。
「彼のああいうところはどうかと思いますよ」
 主も置いていってるわけですしね、とブルーが嘆息した。
「皆、行くよ」
 言いながらレッドが走り出す。ブラックとブルーも、仕方なさそうに後に続いた。

 次々と現れる船内の景色、そのどこにもあの脈づく壁はなかった。かつての姿のまま、白銀を誇る機体。それが一層ギンザの怒りを煽っていた。
 乗っ取られていたのだ、なにもかも。
『く…!』
 開けるのももどかしく、メインブリッジの扉を切り捨てる。部屋の奥、いつもの壁に「それ」はいた。
 この部屋の中だけが、かろうじて黄土色の壁に覆われている。だが、その脈もか弱い。壁一面にある、無表情な顔が、いつもより小さい気がする。
 オペレーターの残骸が目に入る。取り込まれ、吸収された彼女らは、すでに制服がそこに残されているだけだった。
『おのれ!』
 ギンザが剣を構える。
 瞬間、それが目を見開いた。まともに視線を受けたギンザの動きが止まる。鋭い先端を持つ触手が、ギンザの喉目がけて高速で飛び出した。
 動けない。
 ギンザは自分に向かって飛んでくる触手を、ただ見ていた。
 心の一部を、まだ自分は握られたままなのだ…!
 ギンザの目の前で、触手が弾ける。ギンザを守るように、氷の壁が現れていた。
「ここが北極なのは幸いでした」
 手を捻りながら、ブルーが言う。
「水と氷はタダだ!」
 ブラックが可可と笑った。
「これが…」
 レッドは呆然と、壁に生えた無表情な顔を見た。あれの説明は道々ブルー達から聞いた。心を食む者、その抗生が自分にはあるのだとも。
 子供の作った粘土細工のように不安定で、けれど表情のなさが不気味だった。
 レッドが部屋に足を踏み入れる。それが悲鳴を上げた。無数の触手が、レッド目がけて襲い掛かる。
『む!』
 ギンザが踵を返す前に、触手たちの動きが止まった。見れば、レッドの前に立ちふさがったブラックとブルーが触手を綺麗に切り落としていた。
「二人とも…」
 レッドが二人の背を見る。
「最後は譲って差し上げます」
「ばしっと決めて来いよ」
 可可、と笑ったブラックが、ばしりとレッドの背を叩く。押されるように、レッドはそれの前に辿り着いた。
 しばらく、無言でそれを見る。
「これは、心を食べる。そういう生き物だって言ったよね」
『そうです』
 部屋の入り口に立ったリンゼが答えた。
『食べると言っても、心情を感じ、それを糧とするだけで現実に食すわけではありません。ただ、心弱き者には、それが致命傷になることもあります。基本的には無意識の生物なので、食した心情に多大に影響されるようです。』
「最初に悪意に触れた。それで、歪んでしまったんだね」
 レッドは微笑んだ。
 それに向けて、手を伸ばす。

「オレは青葉太陽、シャイニングレッド。オレの中においで。一緒に生きよう」

「レッド!?」
「何を馬鹿な…!」
 ブラックとブルーの抗議に、レッドは振り返った。
「ちょっとくらいオレが卑怯になったほうがいいって、二人とも言ってたじゃないか」
 なに言ってるんです、とブルーが頭を抱えた。
「そういう意味じゃありません!」
「知ってるよ」
 答えるレッドの前で、べり、と音がした。巨大な顔が、張り付いていた壁からはがれる音だった。そのまま、倒れるようにレッドに覆いかぶさる。
「おい…!?」
 ブラックが叫ぶ。
 ぐちゅり、と少し濁った音が、中から、した。


〔Mission30:終了〕
 
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