無敵戦隊シャイニンジャー

LastMission: 「さらば、我等がシャイニンジャー」

 北極のネオロイザー本拠地壊滅の一報を受けて、シャイニンジャー秘密基地は歓声に包まれていた。誰も彼もが浮き足立っている。
 主役であるシャイニンジャー達三人は、医療ルームにいた。
「機械ね」
 レッドの右目を眼球検査用のレンズで拡大して見たステファン医師が言う。くりんと丸いレッドの目が、不思議そうに瞬いた。あの後、変身を解いたレッドの右目はシャイニングスーツの繊維が再生していたのだ。いつからだろう。視界の変化にレッドは気付いていなかった。気付いたのは、変身を解いた後の皆の視線。特にブルーが信じられないという顔をして、レッドの右目を見ていた。
「なに?どうしたの?」
「レッド、あなた目が…」
「目?」
 そう言えば包帯を取ってしまっていた。ブルーが気にするだろうかと、レッドが自分の手で右目を覆った時、初めて気づいた。黒さに赤味が差して見える。自分の手が、見えているのだ。
「見える…」
「うはー、この野郎!」
 ブラックが嬉しそうにレッドの首に腕を回した。喜ぶ顔が、自分より嬉しそうだとレッドは思った。
 そのブラックも、ベッドに横になりながら検査結果を見ている。
「げ、体めためた。スーツが間に入ってなかったら、俺、廃人かも」
 うはあ、とブラックが呟く。
「どういうことです?宮田主任」
 ブルーが宮田を見た。 「変身をしなくても、スーツの効果が持続する、というのは」
「スーツがほとんどあんたらと一体化した、っちゅーことやな。あたしが、んなに役に立たんもん作るわけないやろ」
 にやりと微笑む宮田に、ブルーは冷えた一瞥をくれた。
「その割にロボは役立ちませんでしたが」
「う」
 宮田が硬直した。
「あれは、なんや、その。科学者の浪漫、ちゅーかな」
 頬を掻く宮田を見て、美沙は微笑んだ。まるでかつての基地に戻ったようだ。
 レッドが皆を信じろと言った理由が分かる気がする。美沙は隣に座るレッドに目をやった。笑うレッドは、今までとどこも変わりないように見えた。

 全ての災厄の元は、ひとつの生き物だったと美沙は聞いた。
 心を食むその生き物に特定の意思は無く、最初に誰かの悪意に触れ、そしてネオロイザー達の心を苗床に育った。自分の内に巣食った悪意を伝染させながら。
 レッドは、その生き物を自分の中に受け入れたのだと言う。
 悪意の塊のようなそれが、身の内にある。ぞっとしないと美沙が告げると、ブルーが答えた。
「でも、誰だって悪意のひとつふたつは持っているでしょう」
 私もそう思って自分を納得させることにしているんです、とブルーは言った。
 そうでなければ彼の身ごとあれを切り伏せねばならないと。
 笑っていたブラックが、ふと真顔に戻ってレッドを見つめている瞬間がある。だから、ああ、本当にそうなのだと美沙は妙に実感したものだった。
 彼は変わるのだろうか?
 美沙の視線に気付いたレッドが微笑む。美沙は、自分の顔が赤くなるのを感じてうつむいた。


 都内にあるネオロイザーのラーメン屋は相変わらずの繁盛振りだった。
「おおい、嬢ちゃん、ビールひとつ」
『はぁい』
 返事をした少女が、軽やかな足取りでビールを取る。テーブルに置くと、客がまじまじと少女を見た。
「嬢ちゃん、綺麗だな〜。もてるだろ?」
『あら、そんな』
 にこにこと少女が答える。店のユニフォームが不釣合いに見えるのは、所作が上品なせいだろう。長く束ねた髪がふわりと揺れ、甘い花の香りがほのかに漂う。匂いにつられた客がリンゼの手を掴もうとした瞬間、二人の間を割って、どんぶりがテーブルに叩きつけられた。
 物凄い勢いに割れるかと思われたどんぶりは、しかし、寸前で勢いを殺されたたため、ことりと音を立ててテーブルに載った。
『ラーメンだ』
 満点の威圧感で、大男が客を見下ろした。ぎろりと睨まれた客が萎縮する。
『ギンザ』
 リンゼが小声でたしなめる。ギンザはとまどったようにリンゼを見た。

 ネオロイザーの本拠地、あれに飲まれたレッドの体にあれが溶け込み、何事も無く姿を現した時、本当にすべてが終わったのだと誰もが胸を撫で下ろしていた。
「終わりましたね」
 ブルーが呟いた、その時だった。
 それまで黙っていたギンザが、急に剣を置き、膝を突いた。勢い良く頭を下げるその姿は、まるで土下座のようだった。
『私を斬れ!』
 あまりのことに、皆驚いてギンザを見つめた。
『何を言うのです、ギンザ』
 リンゼが顔を上げるよう言っても、ギンザは頑なに拒否した。額が瓦礫に触れる。皮膚が裂けるのにも構わずに、ギンザは叫んだ。
『私の首を持ち、殊勲とするがいい!だが、だから、リンゼ様は…!』
 シャイニンジャーの三人は顔を見合わせた。
「…そういう習慣があるんですか?」
 ブルーが宮田に聞く。「そんなん、あらへんて!」 宮田は全力で拒絶した。
『そうでなければ、お前達の上も、民も、納得などすまい…!』
「ああ、なるほど」
 合点がいったとばかりにブラックが手を打った。
「まー、確かに元凶はレッドの体の中に入っちまったし、大将クラスの誰も確認出来ないんじゃ納得いかねーヤツはいるかもな」
「大した忠誠心です」
 ブルーが一歩ギンザに歩み寄った。
「その程度で今までのことが水に流れるとでも? その死ぬ気があれば、なんでもできるのでしょうね? どんぶり洗いは嫌だとか言わせませんよ」
 ブルーの言葉に、ギンザが決然と顔を上げた。瞳が怒りに燃えている。
『おのれ、嬲るか! 私の言葉に二言はない! どんな恥辱も耐えてみせる! どんぶり洗いがなんだと言うのだ…!』
「…どんぶり洗い…?」
 呆然とつぶやくレッドの前で、ブラックとブルーがにやりと微笑んだ。懐かしい悪寒がレッドの背を駆け上がる。

 丁度人型の従業員を探していたのだと、ブラックとブルーが連れてきたのがこのラーメン屋だったのだ。
「ラーメンというのは庶民の食べ物です」とブルーが説明したのを思い出す。そのせいか、客層も庶民階級の者が多い。やはり、この空気にリンゼは馴染まない気がした。
『リンゼ様、このようなことは私が…』
『大丈夫ですよ、ギンザ。それに、もう私は主ではないのです。普通に呼んで下さい』
『普通に?』
 疑問を呈するギンザの前で、リンゼがふわりと微笑んだ。
『リンゼ、と』
『り…』
『あいよ、ラーメンお待ちぃ!』
 絶句するギンザの背に、店主の声がかかる。ギンザは黙って調理場との仕切りに向かった。調理場との仕切り板、その前にラーメンが三つ並んでいる。
『承知した』
 ギンザが両端のどんぶりに手を伸ばし、三つのどんぶりを密着させて一気に持ち上げた。おお、と客から歓声が沸く。パフォーマンスの一環だと思われているようだ。
 その背を調理場の小穴から見ていたラーメン型のネオロイザーがほっと息を吐く。
『新しい従業員が来るっていうから喜んでいたら、ギンザ様だったよ…! 何回見ても本物だよ…!』
『兄貴、泣いちゃダメです! スープが薄まる!』
『そうです、立場は兄貴が上です! 店主ですよ!?』
 赤・黒・青の饅頭型ネオロイザーのマンマンマンが調理場を跳ねながら店主を励ました。店主は思い出していた。ブラックとブルー立会いのもと、行われた顔合わせ。店主だと紹介された自分に、ギンザは告げたのだ。
『…よろしく頼む』
 威圧感で殺されるかと思った。
 リンゼ様はやさしく頭を撫でてくれたけれど、射殺さんばかりのギンザの視線に勝手にびびって器にヒビが入ってしまった。このままじゃ禿る気がする。禿る髪もないのだけれど。
 店主の苦悩をよそに、シャイニンジャーの三人は、道路の向こう側から店の様子を見ていた。
「なんとかなりそうじゃねーか」
 ブラックが安心したように言う。
「そうだね。良かった」
「ちゃんとフォローしてやって下さいよ」
 ブルーが言うと、レッドは小首を傾げた。
「オレさ、まだ店長に会ったことないんだけど」
 ブラックとブルーが顔を見合わせる。ブラックがにやりと微笑んだ。
「だってよ。スポンサー、どうする?」
「そうですね、いずれ機会があれば紹介しますよ」
 なんだかうまくはぐらかされたようで、レッドは曖昧に頷いた。通りの向こうのラーメン屋の行列は、まだまだ途切れる気配を見せなかった。
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