無敵戦隊シャイニンジャー

 その日、海は凪いでいた。
 いつかブルーが宮田を連れて来た、あの海だ。まだ冬のせいだろう、相変わらず冷たい風に、宮田は肩をすくめた。
「あんた、海なんか嫌いだと思っとったで」
 言われたブルーがそうですね、と呟く。約束を前倒しして海に行かないかと唐突に告げた割りに、あまり浮かれた様子を見せない。かといって、以前のような拒絶反応も見せなかった。
「わりとマシになったみたいです。私の中で」
 ブルーが波打ち際を歩く。宮田も釣られて、その後ろを歩いた。風が強い。髪をしばっておいて正解だったと宮田は思った。
「ネオロイザーというのは、何年ほど生きるんですか?」
「そうやな、だいたい地球時間の300年くらいか?」
 長寿なんですね、とブルーが言う。宮田はそうやな、と笑った。
「あたしで大体100年くらいや。大して生きてへんけど」
「そうですか。私はせいぜいあと80年くらいです」
 しばらく無言でブルーは歩いた。それから告げられた言葉は、波に混じって良く聞き取れなかった。
「え?」
 聞きとがめた宮田にブルーが足を止める。
 ゆっくりと振り返り、微笑んだ顔は少年のようだった。
 ブルーが告げる、その言葉の一言一言が、宮田の耳にはっきりと届いた。
「だから、あなたの80年を私に下さいと言ったんです」


 シャイニンジャー秘密基地のメインルームでは、シャイニンジャー解散のマスコミ発表を控え、スタッフ達が慌しく動いていた。会見場での照明機材は、音響設備はと事務系のスタッフが駆け巡る。
「ふわー、すごいや」
 まるで戦いだね、とレッドがのんびりした感想を漏らすと、そうだなとブラックが頷いた。
 ネオロイザー達の本拠地、今は跡地となったその場所を調査した地球連合本部は、ネオロイザーの壊滅を大々的に公開した。その立役者となったのがシャイニンジャーだ。野村長官が裏から手を回し、ブルーの裏切りは作戦だったということにしたらしい。事後だからなのか、誰も細かいことを気にする者はいなかった。
「まったく、気楽が過ぎるぜ」
 はああ、とブラックが息を吐く。と、基地の中を駆けるスタッフの中に、ナナの姿を見つけた。
「ナナちゃん」
 声をかけられたナナが立ち止まる。
「ブ、ブラックさん」
 ブラックがネオロイザーの本拠地から戻ってこのかた、互いにすれ違いばかりでちっとも会えなかった。久々の邂逅である。そして、多分最後の。
「あ、あの」
 ナナは慌ててポケットを探った。ブラックからもらった数珠。あれを返さねば。
「これ…書いておきましたから」
 ナナが手のひらに差し出した数珠を見て、ブラックはしばらく無言だった。
「ブラックさん…?」
「ごめん、ちょっと」
 数珠を持ったナナの手を引き、ブラックが部屋を出る。レッドはポッキーをかじりながらそれを見送った。
 有無を言わせぬほどの力で手を引かれ、ナナはよろめくように廊下に出た。ブラックが慎重に左右を見渡す。幸い、人影はないようだった。
「あのね」
 ブラックは振り返った。手を、どうしてだか離す気になれない。空いた手で頭を掻きながら、ブラックは言った。心頭滅却、火もまた涼しなんて言ったのは誰だ。この手はこんなに熱い。
「俺んとこは、寺で、ばーちゃん達もいるし、ナナちゃんにはなんでかカッコ悪いとこばっかり見られているような気がするんだけど」
「は、はい」
 ナナは慌てて頷いた。ブラックの顔が歪んだのを見て、慌てて否定する。
「いえ、ち、違います。そういう意味じゃ…」
 とにかく、とブラックは咳払いをした。
 なんと言えばいいのか、うまく言葉が出て来ない。かっこつけてビシッと言いたいというのは、己の欲だろうか。
「とにかく、俺が言いたいのは」
 ごくり、とナナが息を呑んだ。
「嫁に来ないか」
 極力、ぶっきらぼうに、けれど精一杯の真摯さをこめて、ブラックは言った。
「ブ、ブラックさん…!」
 ナナの瞳が潤む。
 途端に廊下に陽気な声が響き渡った。
「カイー!」
 ブラックがびくりと硬直する。振り返る間もなく、ステファンがブラックに抱きついた。
「なにラブシーンやってんのよ」
「ステファン、お前…!」
「ス、ステファン医師…!?」
 ナナは驚いた。突然の乱入。それよりも。
 ステファンの長い金髪、その髪が短く刈られているのである。まるでスポーツ選手のようだ。
「ああ、これ? 次の赴任先、弾丸飛び交う内戦地帯だもの。髪の手入れなんかする暇ないわ。医療に待ったナシってね」
 からからと笑ったステファンが、ブラックの背を叩いた。ブラックがむせる。
「またアンタと会えて楽しかったわ、カイ。縁があるなら、またね!」
 俺はゴメンだというブラックの言葉を無視して、ステファンはナナに歩み寄った。
「さよなら、ナナちゃん。イイ女になってね」
 そう言って、頬に唇を落とす。あまりの自然さに、ナナは動けなかった。今、頬に触れたのが唇なのだと理解した瞬間に、かっと頬に赤味が差す。
「ステファン、てめぇ!」
「あはは、お似合いよ、お二人さん。じゃ、また!」
 快活な笑いを残しながら、ステファンは足早に去って行った。なんなんだあいつ、と毒づいたブラックが、頬を押さえているナナに気付く。
「あ、ごめん。嫌だった? 向こうでは挨拶みたいなもんだから、あんまり気にせずに…」
「あ、いえ…」
 ナナが呟いた。そうじゃなくて、と言った端から赤い頬にさらに朱が差した。
「へ、返事、を」
「あ」
 ようやく気付いたブラックも、釣られるように赤面した。
 互いに照れながら、どうにか会話を交わしたのは、それから五分も経ってからだった。
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