野村慎二(52歳)は、知る人ぞ知るシャイニンジャー秘密基地の長官である。いいや、今となっては「であった」というのが正しいのかもしれない。ネオロイザーとの最終決戦後、シャイニンジャープロジェクトは解体した。そのまま引退した長官に課された極秘任務、それは地球に残るネオロイザー及びシャイニンジャーの監視であった。
その後の経過が気にならないと言えば、嘘になるかもしれない。
監視任務の打診を受けた時、長官の胸によぎった心情は、親心に近かった。地球を守るために開発されたシャイニングスーツ、そしてそれを身につける戦士が民間人だったこと。長官は、その経緯をずっと見守ってきた。
紆余曲折を経て、シャイニングスーツは彼らの血となり肉となった。最早分かちがたいそれは、しかし、人の手には余る力だったのだ。
欲を出せば、たやすく世界を手に入れられる。
日常に帰った彼らが、その囁きに耳を貸さないという保証はない。
地球連合の上層部がシャイニンジャーの監視を決定付けた理由はそれだった。
馬鹿らしいと思ってしまう自分は、彼らに感化されたのかもしれない。歩みを止めて、長官は足元を凝視した。アスファルトの上を、木枯らしが吹き荒れる。枯葉が乾いた音を立てて舞い上がっていった。
枯葉につられるように視線を上げる。その先に、レッドのバイト先であるラーメン屋があった。
すでに閉店時間を過ぎ、照明の落ちた店のドアに手をかける。ドアは、長官の来訪を予期していたかのように静かに開いた。
店内には誰もいない。
唯一明かりがついているのは、カウンターの最奥の席だ。長官がそこに腰掛けると、すぐ横の鉄板の仕切り板がわずかに開いた。
「いらっしゃい」
声の主は、ここの店主だ。秘密主義が徹底していて、長官すら顔を合わせたことはない。何人か調査にやったが、ラーメンで口封じされて帰って来た。麺を飲み込みながら彼らが訴えるには、なにか人智を超えた力を感じるらしい。真偽を疑っていたが、こうして密会を重ねるうちに、長官は彼らの言うこともあながち嘘ではないのかもしれないと感じ始めていた。と、同時に、妙な親近感も。
どこか、自分に似ているのだ。
「とりあえず、どうぞ」
心得たようにコップ酒が差し出される。長官は遠慮なくそれを受け取った。ちびり、と口をつけながら、独り言のように呟く。
「どうです、レッドは」
「よくやっていますよ」
鉄板の仕切りにもたれながら、店主であるラーメン型のネオロイザーは答えた。長官に差し出したものと同じコップ酒をちびりと呑む。少しスープに混じってしまうかもしれないが、許容範囲だろう。
「明るくてはきはきして、いい子です」
「そうですか」
ほっとしたように長官が微笑んだ。美沙から大学での話も聞いている。変わらない、というのがこれほど嬉しいことだとは思わなかった。
「ギンザやリンゼはどうです」
店主からの返答はしばらくなかった。
「だいぶ、馴染んできました。ただ」
リンゼ様はいいとして、と前置きした後、話された内容に長官は絶句した。
昨今取締りの厳しくなった路上駐車。街道沿いにあるこのラーメン屋にとっても影響は大きかった。ブルーがそう遠くない場所に駐車場を確保したが、横着な客は店の前に止めているのが現状だ。そして、取り締まる側である民間の監視員とトラブルになることもしばしばあったのだ。
とりなしは大抵レッドが行っていた。何度かそういうことがあり、どうにかせねばと店主が悩み始めた頃、トラブルの一部始終を不思議そうに見ていたギンザが口を開いた。
「今のは、なんだ?」
聞かれたレッドは素直に答えた。この国のルール、そこに止めてはいけないということ、その理由。
悪かったのは、その場に居合わせたブラックの入れ知恵だったかもしれない。
「けどな、こうすれば結構逃げれたりすんのよ」
多分にいたずらっけを含んだ笑みに、悪意がないと誰が言い切れようか。それでも、ギンザは真面目に聞いていた。否、聞いてしまったのだ。
「承知した」
至極真っ当な顔で頷いた彼は、ブラックの忠言を実行した。
監視員が駐車禁止の切符を切ろうとした正にその時、片手で車を持ち上げてみせたのだ。
「これでよかろう」
そのまま車をぶつけられて殺されるかと思ったという苦情は、光速のスピードで斉藤寝具で働くブルーの耳に届いた。普段、クールを身上とする彼が珍しく怒りに駆られ店に訪れた際、一目見てその殺気が知れたほどだ。店主が目を丸くしている間にブラックはこそこそと裏口から逃げ出していた。
ギンザ様に説教するなんて、やっぱりシャイニンジャーは恐ろしい――
その時の情景を思い出し、ラーメン型のネオロイザーである店主はぶるりと身を震わせた。はずみでスープがたぽんと揺れる。
「苦労されてますな」
鉄板越しの長官の声は暖かかった。いいや、ただ暖かいのではない。同じ苦しみを味わったものとしての実感が込められていた。
ネオロイザーの瞳に、じわりと涙が浮かんだ。
「お互い様ですよ」
嗚呼、同士というものがこんなに心強いなんて。
鉄板をそっと開ける。コップだけを差し出して、二人は互いの労苦をねぎらった。
「あ、長官、こんなところにいたんですか!」
息を切らしたレッドが、ドアを開けた。外から木枯らしが舞い込んでくる。気温が下がっているせいだろう、レッドの頬がわずかに紅潮していた。
「おお、レッドか。久しぶりだな」
長官がコップを上げた。
「あー、お父さんここにいたんだぁ〜!」
レッドの腕の下をくぐって、美沙が抗議する。長官は目を丸くした。
「美沙、なんでここに」
「お、一杯やってる最中っすか」
ブラックまでもが顔をのぞかせる。揃った面子に、長官は危うく手にしたコップを落とすところだった。
「どうしたんだ、お前ら」
「どうしたもこうしたもありませんよ」
ブラックの後ろにいたらしいブルーがこほんと咳払いした。
「そうだよー」
美沙が頬を膨らませる。
「今日、誕生日なんですよね」
にこやかにレッドがプレゼントを差し出す。無意識にそれを受け取りながら、長官は呆然とした。
「……お前ら……」
「いつもありがとう、長官」
「ま、大したもんじゃねーんだけどな」
可可、と笑ったブラックが頭を掻く。
「おめでとうございます」
ブルーがどこか照れくさそうに告げた。
「お父さん、おめでとう!」
「……お前ら……!」
じわりとこみ上げる感慨を、長官がどうにか押さえ込む。鉄板の向こうで、ネオロイザーは頷きながら酒に口付けた。その目には、涙が光っていたという。
野村慎二(52歳)、元・シャイニンジャー秘密基地長官。
今日だけは、世界で一番幸せかもしれない男。
後日、斎藤寝具から「ネオロイザー保護費用」と称した請求書が届くのは、また別の話である。
【無敵戦隊シャイニンジャー:世界一幸せかもしれない男・完】
2006.9.24−25