無敵戦隊シャイニンジャー

 温泉は山の中にあった。
 ゆったりとした和風旅館。木造建築のせいか威圧感がなく、どこか懐かしいような気さえした。
「斎藤寝具の保養所のひとつです」
 ブルーが淡々と説明する。
「今回は特別に、ということで協力させいてただきました。温泉は露天風呂と個室、大浴場他何種類かあります。サウナもですね。それから……」
「あー、いいっていいって! テキトーに回ってりゃわかるからよ! オラ温泉行くぞレッド!」
 ブラックがレッドの首に腕を回した。そのままずかずかと旅館の中に入ろうとする。
「……言っておきますが、混浴はありませんよ」
 ブルーの言葉にブラックの歩みが止まる。
「な、んだと?」
「どこの世界に混浴もある企業保養所があるんですか」
「ブラック、期待してたの?」
 下から自分を見上げるレッドの視線に、汗がにじむ。ブラックは視線をそらした。
「馬鹿言え、んなことあるわけないだろ」
「まあ、いいですけどね」
 ブルーが嘆息する。
「この山付近一帯でしたら、好きにしていただいて構いませんよ。紅葉を愛でるなり、温泉でふやけるなり、お好きにどうぞ」
「まぁ、紅葉」
 リンゼがふわりと微笑んだ。
「行きましょう、ギンザ。山が赤いなんて、素敵だわ」
「はっ」
 荷物を片手に担いだギンザが、リンゼの後に従う。
「山、壊さないで下さいよ」
 ブルーがその背に向けて付け足した。

 獅子脅しの音が小気味良く響く。少し湿ったその音が、日々の疲れを癒すようだった。
 露天風呂からは付近の山が一望できる。
 少し熱めの湯がまた心地良い。
「はぁ……」
 温泉につかったブラックが、全ての希望を失ったかのようなため息を漏らした。
「何を考えておったんだ。馬鹿者が」
 長官が叱咤する。
「でもまぁ、ブラックらしいですよね」
 長官の背を流しながら、レッドが微笑んだ。湯気の向こうで、山を眺めているブラックの背が見える。
 傷だらけだ。
 ネオロイザーとの戦いの分も、もちろんあるだろう。もっと古い傷もそこかしこに見えた。
 そういえば、夏日ですら半袖になる姿を見ていないことに気付く。
「紅葉狩りかぁ……」
 ブラックがぼんやりと呟いた瞬間、旅館に振動が走った。

 紅葉狩り、とは紅葉を「狩る」と書く。地球の文化のひとつだと、その男は言った。
「知らねーで、恥かくといけねーからな」
 可可、と笑いながら、説明された行事。その全てを、ギンザは承知した。
「お任せ下さい、リンゼ様」
 ギンザは三度剣を構えた。
「この山の紅葉、全て打ち倒してご覧に入れます」
 ギンザの闘気に呼応するように空気が震える。山全体が、ぎしりと軋んだ。

「な、なんだ。今の衝撃は……!?」
 長官が驚く。レッドもすぐに立ち上がろうとした。それとは対照的に間延びした声がブラックの口から漏れる。
「あー……」
「まさか、またデタラメ知識を教えたんじゃないでしょうね」
 いつの間にか、ブラックの背後にブルーが忍び寄っていた。
「え、あ? いや、まさかぁ……」
 はは、とブラックが乾いた笑い声をたてる。ブルーはにっこりと微笑んだ。
「本当に、まさかですよね」
 ビキビキという音に、ブラックは視線を泳がせた。温泉につかっているはずなのに、体が冷たい。ふと湯を見ると、霜が降り始めていた。ブルーから冷気が零れ出る。あわせて、湯が凍りだしているのだ。
 空から降り出す、雪の結晶。これはダイヤモンドダストだ。
 ブラックの顔から笑いが消えていった。
 氷が肌に触れる直前に、「やべ、用事を思い出した!」と浴場を飛び出す。
「全く」
 とんだ旅行ですよ、ブルーがぼやく。余談だが、この時浴場の片隅で長官とレッドは凍死しかけていたという。
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