斎を隣村の庄屋に残し、飛車丸と山吹は再び竜宮へと戻っていた。
「人数が多い。とても二人では埋め切れんな」
言いながら、山吹が桜花を繰る。瓦礫の中から新たな死体を見つけ、眉を顰めた。
「庄屋殿の話では、人手を貸してくださるそうだ。ありがたい」
木材を担いだ飛車丸が、拳で汗を拭う。
黙々と作業を続ける飛車丸を見た山吹は、一息つくと再び指を繰った。
桜花を繰って幾人かの遺体を埋めた後、山吹は瓦礫と化した本殿へと足を踏み入れた。まだ死人が埋まっているのだろう。そんな匂いがした。かつては香の薫りに包まれ、華やいでいた竜宮とは雲泥の差だ。
『山吹様』
声をかけられて、振り向く。
そこに辰信の姿があった。
「化けて出るのは感心せぬな」
山吹の言葉に、困ったように頭を掻く。そんな姿がおぼろげに見えた。
『これを、兄者に』
瓦礫の中に埋もれた書物を指差す。
山吹が拾い上げ、埃を払うと、表紙の文字が見えた。端が焦げてはいるが、なんとか読める。
「竜を呼ぶ方法か」
ざっと中を見た山吹が告げる。
『才の無い者でも呼べるよう、私なりに纏めました』
「今の斎に渡すのか。酷な話だ」
『そんなつもりは』
辰信がうろたえる。山吹はもう一度、書についた煤を手で払った。
「だが今のあれには必要だろう。私が渡す」
それから、顔を上げて辰信を見た。
「お前はお前の役を果たした。逝くがいい」
凛とした瞳に射抜かれるように、辰信は硬直した。そして、理解した。
この人は、泣かないのだ。
誰でも、こうして見送る、そういう人なのだ。
『兄者を宜しくお願い致します』
深く頭を垂れた姿のまま、辰信は消えた。
「どうよろしくしろと言うのだ」
不快そうな山吹の発言は、誰に聞かれることもなかった。
かつて竜の牢と呼ばれた場所で、飛車丸は佇んでいた。
洞穴にも似た形状になっていたせいだろう。若干土にまみれてはいるが、火災に包まれた様子もなく、在りし日の面影を残したままだ。
「紫龍、そこにいるか」
声をかけても、返答はない。飛車丸の声だけが、空しく木霊した。
長く生きた友を失ったような感覚が、飛車丸を包む。
飛車丸は俯くと、静かに眼を閉じた。
『まーた下向いてんのか、この甘ちゃんが』
揶揄するような声に、飛車丸の眼が見開く。慌てて振り向くと、そこに知己の姿があった。
黒い法衣に、南天の実が赤く映える。炎の竜に縁すると言う赤髪は、小さく束ねられていた。
「辰!」
飛車丸が声をあげる。
『盛者必衰の理くらい知ってんだろうが、馬鹿』
耳を穿りながら辰が言う。
『ついでに、辰様、だ』
飛車丸の眼に溜まった涙を見て、辰の眉間に皺が寄った。
『万物は皆いずれ滅びる。竜宮も例外じゃない。それだけの話だ』
「辰……」
『だから、泣くなってんだ!』
飛車丸の目尻に滲んだ涙を見て、居心地悪そうに辰が告げた。
「すまない」
飛車丸が微笑む。ぷい、とそっぽを向いた辰は、呟いた。
『あの鬼だった』
ぴくり、と飛車丸が反応した。朱棍を握る手に力が入る。
『俺の竜宮を滅ぼしたのは、伽羅様が亡くなられた晩に、来た鬼だ』
辰が飛車丸に向き直った。
二人の瞳が交差する。
『なぜ、あの鬼を生かしている』
辰の言葉に、飛車丸は沈黙で答えた。
今までにも、幾度か出会う機会はあった。その度に逃した、仇の鬼。
否――
飛車丸は眼を閉じた。
辰が面倒そうに耳を穿る。
『黙るのはお前の悪い癖だな』
ふーっと長い息を吐き、辰は告げた。
『まあ、いいや。俺はどうせもう死んでるし、関係ねーし』
くるりと背を向ける辰は、もう姿が消えかかっている。
「辰」
飛車丸が口を開いた。
「私はあの鬼を逃す気はない」
いずれこの身滅びるまでには必ず――……
飛車丸が朱棍を握る手に力が入った。
半ば振り返った辰が微笑む。
声にはならないまま、当たり前だ、とその口が動いた。
透けるように消えて行く。
飛車丸は、しばらくその場に立ち尽くした。
竜の躯から成る洞穴を出て、飛車丸は一人呟いた。
「あれは、己の体の一部から鬼を産む」
足を止める。
全神経を、己の内に集中した。
これまで鬼と幾度対峙したろう。
久遠と出会い、そして、数多の鬼と出会った。
疑問が掠めたのはいつだったか。
そして、確信を得たのは、つい先日だ。
久遠はその身から鬼を生み出した。
「……全ての鬼は、あの鬼から生まれた」
久遠の、いびつな形の角。
二つのうち一つが大きく欠けている。
「お主も、そうだな? 酒天」
身の内の酒天が息を呑む。飛車丸は、その気配を感じた。
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