まぜまぜダーリン

 これからラスボスと戦いに行きます。セーブできませんが、準備はいいですか?
 ゲームによくあるコマンドが目の前に浮かんできた気がして、柊子は装備の山に突っ込んでいた手を止めた。
「はあ」
 知らずに溜息が漏れる。
 顔を上げれば障壁の外には相変わらずの黒雲が空を覆っていた。この先に、柊子の行くべき場所がある。
 先刻、母がいるというその場所に案内された後、準備が必要だろうとイナクタプトの家に戻ってきたのだ。
「準備って言われても……」
 何を持っていけばいいのかわからない。柊子は途方に暮れた。
 気に入ったものがあれば好きに使えばいいと、エリーナが膨大な量の装備を用意してくれていた。天使に祝福されたという衣は淡い光を放ち、闇を浄化する力があると言う。ドラゴンの皮で作られたブーツはどれだけ履いても疲れないのだとか。老魔術師が最後の力を込めた宝玉は水底にあってなお輝きを失わない。ドワーフの首飾り、天女の羽衣、上げていけば際限がない。
「ねえ、蘭蘭ちゃんは何がいいと思う?」
 部屋の中にいくつか築かれた装備品の山のひとつに柊子は声をかけた。希少価値のある姫ネズミの衣を含んだその山がもごもごと動く。はずみで頂にあった幸運のペンダントが床に滑り落ちた。光が瞬くと共に不思議な音が鳴る。
 その上に音を立てて衣類が降り注いだ。
 山が崩れ、真ん中から少女姿の蘭蘭が顔を出している。艶やかな黒髪を纏めたおだんご頭が可愛らしい。白の中華服がよく似合っていた。
「なんで柊子わかる? 蘭蘭隠れてた」
「わかるよお」
 憮然とする蘭蘭の前で柊子は微笑んだ。姉のようでもある。
「ね、蘭蘭ちゃんは何着てくの? やっぱり中華系かな」
 柊子は装備の山を見渡した。
「これなんか似合いそうだよね」
 言いながら、桃色のチャイナドレスを手にする。その言葉に、蘭蘭は俯いた。唇を不満げに尖らせる。
「蘭蘭、行かない」
「え? なんで?」
「留守番。イナ様言った」
 柊子は服を持ったまま、ぽかんと口を開けた。
 蘭蘭を置いていくとは初耳だ。だが、イナクタプトならば言いそうな気もする。
「そ、そっか……」
 なんだか悪いことをしてしまったようで、柊子は目を伏せた。遊びに行くわけでもないが、置いて行くのもどこか気が引ける。
 奇妙な罪悪感を覚えつつ、柊子が手にした服をそっと山に戻す。
 押し黙ったままそれを見ていた蘭蘭の目に涙があふれた。
「ら、蘭蘭ちゃん?」
「イナ様、怒ってる」
「え」
 ぼろぼろと涙を零し始めた蘭蘭を見て、柊子はうろたえた。周りを見渡しても、様々に煌く装備の山があるばかりで、誰もいない。
「怒ってる……!」
 蘭蘭は叫んで泣き崩れた。小さな体が小刻みに震えている。その背に、柊子はそっと手をかけた。
「大丈夫だよ、蘭蘭ちゃん」
 その言葉が届いているのか否か。わからないままに蘭蘭の背を撫でながら、柊子は優しく語りかけた。
「イナクタプトが蘭蘭ちゃんを連れて行かないのは、危ないからだよ。怒ってるんじゃないよ?」
 柊子の言葉に、蘭蘭は頭を振った。
「イナ様、怒ってる。ずっと怒ってる……!」
「ずっと……?」
 蘭蘭がぐすぐすと啜りを上げる。
 その背をもう一度撫でようとした柊子は、続いた言葉の意外さに、思わず手を止めた。
「蘭蘭、あるじ殺した。もうずっと、イナ様、怒ってる……!」


召喚17:「主と従者の秘密」


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