まぜまぜダーリン

召喚20:「そして君の元へ」

 再び現れた巨大な門の前で、柊子は絶句した。
 やはり洞窟内一杯に、行く手を阻むように立ちふさがっている。
 ところどころ欠けた門の色は純白ではなく、どちらかと言うと青白く見えた。ギリシャの神殿にも似た佇まいだ。
「ま、また……?」
 足元で炎の妖精が爆ぜる音を聞きながら、柊子が門を見上げた。
「汝、罪を犯すなかれ」
 浮き上がった文字をイナクタプトが読む。それを聞いた柊子の眉が寄った。
「え、と」
 どうしようもない違和感がある。
「これって、誰が作ったの……?」
 柊子はそっと門に触れた。石で出来た門は表面にうっすらと水分を纏い、ひんやりと冷たかった。
「あの黒いのじゃ、ないよね」
 全てを破壊し、飲み込む獣。それが何かを生み出すとは思えなかった。
 それに、この文言。
 説得を試みるような言葉に、柊子は違和感を覚えたのだ。
「トーコじゃ」
 影虎が忌々しげに答えた。
「あの阿呆、わしらが罪を重ねんようにとこんなもん作りよった。馬鹿言いよって」
「やっぱり……」
 門を撫でていた手を止めて、柊子は嘆息した。
 己の為に剣を降ることを禁じられている――
 それがイナクタプト達の世界の掟だった。禁を破れば罰があると。
 柊子の指先が門を撫でる。
「それでも一人で戦ってるんだね」
 おかーさん。
 柊子が呟く。最後の言葉は、どうしても声にならなかった。
「参りましょう」
 イナクタプトが剣を抜く。
 瞬間、暗闇の中を、なにかが過ぎった。イナクタプトの頬が切られ、血が一筋、褐色の肌を滑り落ちる。
「な、なに?」
 周囲を飛ぶ生物の気配に、柊子が振り返る。そのスカートの端も、影虎の着物も、風に触れる度に切れていった。
「なんじゃこれは!」
 影虎が叫ぶ。当てずっぽうに刀を振り回しても、かすりもしない。その腕を風が撫で、皮膚を切った。
「きゃあっ」
 前髪の先をかすめる気配に、柊子が悲鳴を上げる。
「柊子」
 駆け寄ったイナクタプトが、柊子をかばうように包んだ。
「な、なに……? 鳥?」
 鼻をなにかがこすっていった。その後を確かめるように、柊子が触れる。
 羽音はしない。ただ、生物が飛ぶ気配だけが、柊子達を包んでいた。
「数が多い」
 イナクタプトが呟いた。
「おまけに見えん」
 影虎が刀を握りこむ。その背後で、柊子がそっとかきまぜ棒を握った。
「どいて、イナクタプト」
 自分を抱いていた腕を、柊子が押しのける。
「柊子?」
 イナクタプトの瞳が瞬く。その眼前で、柊子はかきまぜ棒を舞わせた。
「お願い、助けて! 粕谷先輩!」
 叫ぶと同時に、召喚陣が光る。輪の中にいるのは、柊子と同じ制服を着た男子高校生だ。
「激写なら任せろ!」
 そう言って新聞部員・粕谷吾郎はデジカメを構えた。洞窟内にフラッシュが光る。
「さすが僕! ほら、見てよ」
 デジカメの画面を確認した吾郎がほくそ笑んだ。得意げに柊子にデジカメを差し出す。
「なにこれ。コ、コウモリ……?」
 それを見た柊子の眉間に皺が寄った。
 吾郎の写真は、飛んでいる生物を捉えたものだった。形は確かにコウモリに似ている。
 体の色は、黒。目だけが青白く光り、開いた口からは涎と共に赤い舌が覗いていた。鍵爪にも似た翼が、どうやら柊子達を傷つけていたようだ。
「カミカゼコウモリだね。縄張り意識が強くて、攻撃的って言われてるけど、本当は臆病なんだってさ」
 吾郎が得意げに話す。
 柊子の目が丸くなった。
「……どしたの?」
 吾郎が柊子の顔を覗き込む。
「……なんでそんなこと知ってるの?」
 こんな動物見たことない。少なくとも、柊子はそうだった。
 柊子と同じような顔をした吾郎は、次の瞬間、満面の笑みで胸を張った。
「新聞部だからさ!」
 情報は命なのだと嘯く。
「あ、でも、僕が得意なのは情報だけだから。あとヨロシク!」
 言うが早いか、吾郎が消えかかっていた召喚陣に飛び乗った。己が無傷なうちに帰るつもりのようだ。
「無事に帰ってきたらさー、インタビューさせてよ!」
 召喚陣と共に消えていく中で、吾郎が叫んだ。
「え、あ、うん」
 柊子が慌てて頷く。
「あんた達もさ!」
 影虎とイナクタプトを指差し、吾郎がウィンクした。イナクタプトが無言で頷き、影虎が舌打ちする。
「あ、ありがとう!」
 柊子が叫ぶ。吾郎の掲げたVサインが、光と共に消えていった。


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